たしかに「紙の本」から「電子書籍」への変化は、アトムからビットへの移行により複製コストをさらに下げ、知識や情報の民主化をいっそう推し進めるものだと考えることもできる。少なくとも電子書籍を賞賛する論者の多くはそのように語ってきた。でもそれだけのことならば、ここまで大騒ぎすることではない。せいぜい、「ペーパーバック2.0」とでも呼べば済むことだ。
三次元の虹の彼方に(2)「アルドゥス・マヌティウスは3Dプリンティングの夢を見るか?」 by 仲俣暁生 - DMM.make
https://media.dmm-make.com/item/1593/

実際、15分間を1人きりで過ごすのに耐えられなくなり、電気ショックを受ける道を選んだ人も多かったそうです。1人 きりで考えている時間を避ける方法として、「ボタンを押して自らに電気ショックを与える」という選択肢を設けた実験では、驚くほど多くの割合の人が、自分 にショックを与えはじめたのです(この傾向は特に男性に顕著で、67%が自らボタンを押しました。一方、女性の場合は25%でした)。不愉快な行為でさえ も、何も行動できないよりマシなのです。

名言「人間の問題はすべて、部屋で1人静かに座っていられないことに由来する」を脳科学的に分析 | ライフハッカー[日本版]
http://www.lifehacker.jp/2014/08/140831_being_idle.html

これが、映画、小説、ゲーム、テレビ番組などのエンターテイメント産業がこれほど巨大になった理由?

earthlynation:

manul_cat (by oscar.carlos.cortelezzi)

ディズニー映画の悪役みたい

earthlynation:

manul_cat (by oscar.carlos.cortelezzi)

ディズニー映画の悪役みたい

リアルに富士山頂が奪い合いになるGoogleのゲーム、それが「Ingress」 : 市況かぶ全力2階建
http://kabumatome.doorblog.jp/archives/65804139.html

普通のゲームでも、富士登頂と同じくらいの労力とお金がかかるイベントはあるだろうけど、ingressだとある場所に移動するには実際にその場所に移動しなければならない。
移動中に見る風景、すれ違う人、空気の匂いなど、通常のゲームではこのような”解像度”の体験をすることはできない。
将来、現実と変わらない体験やフィードバックがえられるゲームが開発されるかもしれないが、それは10年、20年以上先のことだろう。
現実のゲーム化、ゲームの現実化という点でingressには可能性を感じている。同じような、現実にはみ出したゲーム、現実の上にレイヤーとして重ねられたゲームがもっと出てきてほしいけど、難しいのだろうか。
ingressは完全に無料だけど、それはgoogleがサポートしているから(たぶん)できるのであって、一般の開発会社はそういうわけにはいかない。
仮に、ゲーム本体を有料にしたり課金アイテムを販売するなどして採算がとれるものなのかどうか。

猫大砲

猫大砲

sheishine:

猫と蟻。 Cat & Ant. #cat

sheishine:

猫と蟻。 Cat & Ant. #cat

 こんな風に生きていると、一年というものが意味を持たなくなっていき、ひと月や一週間も同様に意味を生まなくなっていく。日付は、窓から外れたガラスか、トレイから流しに落ちた氷みたいに日々から零れ落ちてしまい、みんなおんなじような、日付もなく名もなく持続するぼんやりとしたものになり、弁別不能な水たまりへと一体化する。今日は土曜、金曜、月曜? 四月の十三日だっけ、十一月の二日だっけ。こんな風に暮らしていると、日々を仕分けする箱なんて要らなくなるし、ちっちゃな二十四時間サイズの箱に、何かの指標になるような出来事の集まりを入れておくなんてことはできなくなる。分類できる何かとか、初めや終わりがあるものだとか、to-doリストを満たすようなものだとか。
チャールズ・ユウ(円城塔訳)『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ) P.79
「気落ちする?」おうむ返しに言いながら、皮肉っぽい笑みをかすかに浮かべる。「刑事さん、わたしたちみんなが気落ちしているんじゃない? この耐えがたい内的要因で? あなたは気落ちしていないの?」

ベン・H・ウィンタース『地上最後の刑事』(上野元美訳)

半年後に小惑星が衝突して人類が滅亡する世界で、いっけん自殺のようだけど実は殺人じゃないかと捜査をする刑事。メランコリーの比喩としての小惑星。

鹿島 単性生殖をやめた最大の理由というのは、バラエティのなさです。これさえ克服できれば、そっちの方がいいに決まっている。『O嬢の物語』も実は、単性生殖を目指す小説なんです。SMが強調されているけれど、女の人にあるM願望というのは、つまり単性生殖願望だな。著者のドミニク・オーリーは、女性は美しい女の人に出会うと、ようやく自分の美しさを認識できると言ってる。図々しいのではなく、要するに規範を求めるということなんですね。自分を確認するために、外部から規範を持ってくる。規範に従うわけじゃなくて、自分の美しさを確認するための規範を求めるんだから、自己愛なんですよ。自己愛となると、これはやっぱり単性生殖に回帰するしかない(笑)。男同士だってそうなってもいいはずなんだけど、どうも違う。もとがメスの方に原理があるから仕方ないけれども、これが男と女の非対称性理論というやつで、やはり違う生き物ですね。フーリエはちゃんとそこまで考えている。最終的に残るのが女性のベスト・アンド・ブライテストになるにしたがって、単性生殖化するのは当たり前。私はオスだから、残念ながらと言うしかないけれど。
鹿島茂×佐藤亜紀 対談「パリの下半身と魅惑の地下世界」 (文學界 2014年7月号より)|インタビュー・対談|本の話WEB http://hon.bunshun.jp/articles/-/2578?page=4

NHK「アニメーションは七色の夢を見る」おもしろかった。

米林監督の『借りぐらしのアリエッティ』のときの心境、

自分たちそのものです
小人たちっていうのは
上の 巨人たちから物をちょっとずつ借りてきて暮らしているっていう
巨人たちっていうのは先人の宮崎さんや高畑さんがやってきた技術の中で自分たちは作るしかなくって
チーズがとろっとなるのもハイジでやってることですし
そうやればおいしくなるって分かってるから
借りぐらしがテーマだから借りてオッケーなんだって思ってやってましたけど
でも もう床下をいったん出たらもう借りられないですね
その行く先に危険が待ってるかもしれないけどもこぎ出していって
その先に何が待っているかはこれから次第っていう形ですからね